中山道の56番目の宿場である中山道赤坂宿は、岐阜県内にある17の宿場とともに、岐阜県が定める県民が誇るふるさとの自慢として、「岐阜の宝もの」として認定されています。 |
8:00 JR名古屋駅 西口 集合 (明洞町IC → 名古屋高速道路 → 名神高速道路 → 東海環状自動車道 → 大垣西IC) 9:30 赤坂総合センター 9:40 昼飯大塚古墳 10:05 岡山本陣跡・安楽寺 10:45 美濃赤坂駅・お茶屋屋敷跡 11:40 赤坂本陣公園・赤坂港跡 |
12:10 和洋会席 かなぶ(昼食) 13:20 金生山化石館 13:50 金生山明星輪寺 14:30 工場見学及び説明会 16:20 四季料亭 助六視察 (大垣IC → 名神高速道路 → 名古屋高速道路 → 明洞町IC) 18:00 JR名古屋駅 西口 解散 |
バス | 徒歩 |
昼飯大塚古墳は、全長約150mにもおよぶ岐阜県最大の前方後円墳で、今から約1600年前に築かれました。古墳は平成12年に国の史跡に指定され、発掘調査で明らかとなった葺石や埴輪列そして周濠を築造当時のまま復元したゾーンを設けた歴史公園となっています。 |
岡山は海抜53メートルの丘陵で、慶長5年(1600)の関ケ原合戦のとき、東軍の総大将徳川家康の本陣が構えられたところです。天下分け目の大合戦に勝利を得た家康は、ここを徳川ゆかりの地と記念して、岡山の名を勝山に改めたと伝えられています。 |
岡山(現在は勝山)の山腹にある西美濃三十三霊場二十一番札所「紫雲山安楽寺」は、推古天皇元年(593)、聖徳太子の創建、壬申の乱で、大海人皇子(おおあまのおうじ)が勝利祈願を住職に命じ、戦勝後天武天皇が、大友皇子の冥福を祈り宝物を寄進されたという古刹。この寺の梵鐘は、関ケ原合戦の時、西軍の大谷吉継が軍営で使用したものです。 |
JR東海・JR貨物の東海道本線支線(通称:美濃赤坂支線)と、西濃鉄道の市橋線(貨物線)が乗り入れています。付近の金生山が石灰石を産出するため、当駅は石灰石輸送の中継地点となっており、1日2 - 3往復の貨物列車が発着します。今では貴重な木造で作られています。 |
慶長9年(1604)頃、徳川家康が中山道沿いに造営した将軍専用の休泊所跡で、創建当時の城郭様式を偲ぶ土塁や空壕の一部が残っています。現在は個人の所有として、数多くのボタンが植えられ、東海有数のボタン園として、一般開放されています。 |
入口に、皇女和宮が赤坂本陣に宿泊したことを記念した、和宮の碑が置かれています。また、本陣公園内には、美濃赤坂宿出身の所郁太郎の像があります。所郁太郎は、井上馨(外務大臣)が襲撃を受けて、瀕死の重傷を負ったとき、畳針で傷口を縫い、一命を助けた人物として知られています。 |
川を交通の手段としていた1900年初期ごろ、川港の赤坂港には、500艘を超える船が往来したと言われています。この地域は、古くから石灰や大理石産業が盛んで、産業の町としてにぎわいを見せていました。赤坂港会館は、明治8年赤坂の四辻にあった屯所(警察署)を復元したもので、当時の様子などが紹介されています。 |
懐かしいたばこ屋さんがあったり、古民家があったり、赤坂港跡が出ていたり、記念碑があったり、古い歴史も大切にしながら生活している感じが伝わり、私は楽しかった。
食べてみるとボリュームもしっかりあって美味しかった。
ういろうおいしかった。
いただいたご意見をもとに、さらに大垣市赤坂地域の魅力を知っていただけるツアーを作っていきたいと思います。
また、大垣市にお越しいただけるのを楽しみにしております。
ありがとうございました。